球脊髄性筋萎縮症と鍼灸治療

2025年8月14日

1. 西洋医学からみたSBMA

球脊髄性筋萎縮症(Spinal and Bulbar Muscular Atrophy:SBMA)は、成人男性に発症するまれな遺伝性の神経・筋疾患です。

「球」とは延髄(えんずい)を、「脊髄」は背骨の中を通る神経組織を指し、いずれも筋肉を動かす命令を出す運動ニューロンが存在します。SBMAではこれらの運動ニューロンが障害され、筋肉が徐々に萎縮し、筋力が低下していきます。

原因

原因はX染色体上のアンドロゲン受容体(AR)遺伝子の異常です。

AR遺伝子にはCAGというDNA配列が繰り返される部分があり、正常では10〜36回程度ですが、SBMAでは38回以上に延びています(CAGリピート伸長)。

この異常により、変性したアンドロゲン受容体が男性ホルモン(テストステロン)と結合すると神経細胞内に異常タンパク質が蓄積し、運動ニューロンが徐々に機能を失っていきます。

男性はX染色体を1本しか持たないため異常があれば発症します。女性は保因者となることが多く、発症はまれです。

病態の特徴

・障害されるのは下位運動ニューロン

・脊髄前角細胞(四肢の運動)と延髄運動核(顔・舌・嚥下)が影響を受ける

・感覚障害は軽度またはほとんどない

・進行はALSよりも緩やか

2. 主な症状と経過

初期症状として、以下のようなものが挙げられます。

・歩行時につまずきやすい

・手の細かい作業が難しくなる

・筋肉のぴくつき(筋線維束攣縮)

・握力低下や足の踏ん張りの弱さ

進行すると

・下肢・上肢ともに筋萎縮が進行

・舌の萎縮やぴくつき、発音の不明瞭化(構音障害)

・飲み込みにくさ(嚥下障害)

・首や体幹の筋力低下

・女性化乳房などホルモン関連症状

病気の進み方

発症は30〜60歳頃が多く、進行は緩やかです。

歩行困難になるまで10年以上かかることもありますが、嚥下障害が進むと誤嚥性肺炎のリスクが高まります。呼吸筋障害は筋萎縮性側索硬化症(ALS)ほど急速ではありませんが、後期には息切れや夜間低酸素が起こる場合もあります。

3. 検査と診断

・遺伝子検査:AR遺伝子のCAGリピート数を測定(確定診断)

・血液検査:クレアチンキナーゼ(CK)上昇

・筋電図:神経原性変化

・ホルモン検査:テストステロン関連異常

・神経学的診察:筋力低下の分布や反射異常

4. 治療と予後

現時点で根本治療はなく、以下の方法が行われます。

・男性ホルモン抑制療法(進行抑制の可能性あり)

・リハビリによる筋力維持と関節拘縮予防

・嚥下訓練や食事形態の工夫

・呼吸筋トレーニングや排痰法

予後

・平均余命はほぼ正常

・主なリスクは誤嚥性肺炎と転倒

・適切なケアで長期自立生活も可能

5. 東洋医学からみたSBMA

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東洋医学では、SBMAは「痿証(いしょう)」や「虚労」に分類されます。

腎虚(生命力や骨髄の不足)、脾虚(栄養を筋肉に運ぶ力の不足)、気血両虚(動かす力と滋養の不足)、瘀血(血流停滞)などが複合的に関わると考えられます。

6. 鍼灸で期待できる効果

鍼灸は遺伝的な原因そのものを治すことはできませんが、症状の進行を遅らせ、生活の質を維持するサポートとして有効な可能性があります。

血流改善と筋肉の維持

運動ニューロンが障害されても、残っている筋線維への血流を確保することは重要です。鍼灸は局所の血管を拡張し、酸素と栄養の供給を促します。これにより筋肉のこわばりや疲労感が減り、可動域が保たれやすくなります。

神経機能のサポート

鍼刺激は末梢から中枢へと神経信号を送るため、残存神経経路の活性化や脳・脊髄レベルでの可塑性(予備能力)の向上が期待されます。特に感覚入力の増加は、運動出力の維持にも間接的に関与します。

嚥下・発声機能の補助

首・舌周囲の筋群や延髄支配領域への血流促進と筋緊張調整により、嚥下反射や発声のスムーズさを支えることがあります。嚥下リハビリと並行して行うと効果的です。

自律神経の安定

自律神経測定器

慢性疾患では疲労感や体調変動が自律神経の乱れと関わることがあります。鍼灸は交感神経と副交感神経のバランスを整え、全身状態を安定させ、睡眠の質や消化機能の改善にもつながります。

また、当院では自律神経測定器を用いて、自律神経を可視化することで、一人ひとりのお身体に合わせたより正確な治療を心掛けています。その日の体調やその時に出ている症状に合わせた施術を行っていますので、安心して施術を受けることができます。

痛みやこわばりの軽減

長期的な筋力低下に伴い、代償的に働く筋肉や関節に負担がかかり、二次的な痛みや張りが生じます。鍼灸はこれらの症状緩和に有効で、動作のしやすさや日常生活の負担軽減に寄与します。

7. 日常生活の工夫

日常生活の中でできるセルフケアとして以下のようなものがあるので、ぜひお試しください。

・無理のない運動(軽いストレッチ、水中歩行など)

・高たんぱく・ビタミン・ミネラルを意識した栄養

・飲み込みやすい食形態

・呼吸法や排痰訓練

・転倒予防の環境整備

SBMAは遺伝性で進行性の神経筋疾患ですが、進行は緩やかで、早期からの対策で長期間の自立生活が可能です。

西洋医学ではリハビリや栄養・嚥下・呼吸管理が中心となり、鍼灸は血流改善、神経機能維持、自律神経安定、嚥下・発声補助、二次的な痛みの軽減など、多方面でサポートできます。

医療と東洋医学の両面からアプローチすることで、体の負担を減らし、より快適な生活を目指すことができます。

お悩みの際はお気軽にご相談ください。


Posted by 鍼 渋谷α鍼灸院 東京都 渋谷区 at 11:11 / 院長コラム

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