多汗症

多汗症とは

多汗症とは、体温調節に必要な量を超えて、過剰な発汗が見られる疾患です。一般的な暑さや運動といった原因がないにもかかわらず、日常生活に支障をきたすほどの多量の汗をかく状態を指します。多汗症は、特定の部位に集中して発汗する限局性多汗症(手のひら、足の裏、脇の下、顔など)と、全身にわたって発汗する全身性多汗症に大別されます。

世界的に見ても有病率は比較的高く、特定の研究では人口の数パーセントに及ぶとされていますが、受診に至らないケースも多いため、正確な実態は掴みにくい面もあります。

発症機序

発汗は体温調節のための生理現象として、皮膚にある汗腺(特にエクリン汗腺)が血液中の水分を濾過して汗として分泌することで起こります。このプロセスは、自律神経系の交感神経によってコントロールされています。

多汗症の発症メカニズムは、この自律神経の過活動にあります。汗腺に対して、交感神経の末端から分泌される神経伝達物質であるアセチルコリンが作用することで、汗の分泌を促します。

多汗症の場合、このアセチルコリンに対する汗腺の反応性が過敏になっていたり、あるいは交感神経の活動自体が亢進していたりする状態にあると考えられています。特に限局性多汗症の多くは、精神的な緊張や不安、ストレスなどが引き金となり、自律神経のバランスが崩れることで交感神経が優位になり、汗腺が過剰に刺激されて発症するとされています。

原因

多汗症は、その原因によって大きく原発性続発性に分けられます。

原発性(特発性)多汗症

特定の基礎疾患がなく発症するもので、多汗症の大半(約90%)を占めます。原因は完全には解明されていませんが、遺伝的要因、自律神経系の調節異常、心理的・環境的要因などが関与していると考えられています。

続発性多汗症

何らかの基礎疾患薬剤の副作用として多汗が生じるものです。この場合、基礎疾患の治療が多汗の改善につながります。

内分泌・代謝性疾患:甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)、褐色細胞腫、低血糖症、糖尿病など

神経疾患:パーキンソン病、脊髄損傷、末梢神経障害など

感染症:結核などの発熱を伴う感染症

悪性腫瘍:リンパ腫など

薬剤:一部の抗うつ薬やアセチルコリンエステラーゼ阻害薬などが発汗を増強させることがあります

続発性多汗症は、全身性であることが多いですが、原因を特定し、その治療を行うことが最も重要です。

症状

限局性多汗症の主な症状

最も多く見られるのは、以下の特定の部位に限定された多汗です。

手掌多汗症:手のひらから汗が滴り落ちるほどの多量発汗。書類や電子機器が濡れる、文字がにじむ、握手がためらわれるなど、社会生活や職業上の活動に重大な支障をきたします。

足底多汗症:足の裏の発汗により、靴や靴下が常に湿った状態になる。悪臭(足臭)の原因となりやすく、また皮膚のふやけや湿疹、水虫などの皮膚疾患を合併しやすいです。

腋窩多汗症(わきがとは別):脇の下に大量の汗をかき、衣服に大きな汗染みを作る。衣類の選択が制限され、人目を気にするあまり精神的なストレスが増大します。

顔面多汗症:顔や頭部からの発汗が著しく、メイク崩れや人前での羞恥心を伴う。食事や軽い緊張でも大量に汗をかくことがあります。

これらの発汗は、不安、緊張、ストレス、感情の起伏などによって増悪するのが典型です。また、夜間睡眠中は発汗が止まっていることが多いのも特徴の一つです。

全身性多汗症の主な症状

全身の皮膚から過剰に発汗し、大量の水分が失われるため、脱水や倦怠感を伴うことがあります。前述の通り、続発性多汗症の場合が多く、基礎疾患の症状と並行して出現します。

疾患の特徴

精神的・社会的な影響

多汗症は生命を脅かす病気ではありませんが、QOLを著しく低下させます。

心理的苦痛:「人前で恥ずかしい」「他人に指摘されるのではないか」といった予期不安(汗をかくことへの恐怖)が生じ、これがさらに発汗を誘発するという悪循環に陥りやすいです。

社会生活上の制約:握手の回避、特定の職業の断念、恋愛や人間関係への消極性など、社会的な活動に大きな制約が生じます。

精神疾患の合併:不安障害、社交不安障害、うつ病などを合併しやすいことが指摘されており、多汗症の治療には精神面への配慮も欠かせません。

発症年齢と経過

多くの場合、思春期前後に発症します。学童期から症状が現れることもありますが、年齢とともに軽快することは稀で、多くは慢性的に持続します。特に手のひらの多汗症は若年層に多く、生活に最も影響を与える多汗症の一つです。

客観的な評価基準

多汗症の診断には、多汗症重症度スケール(HDSS)などが用いられ、患者の主観的な苦痛度を客観的に評価します。これは、日常生活への支障度に応じて4段階で評価するもので、治療法の選択にも役立てられます。

自律神経との関連

多汗症の病態の核心は、まさに自律神経系、特に交感神経の過緊張にあります。

自律神経の機能

交感神経身体を緊張させ、活動的にする「アクセル」の役割。発汗を促進

副交感神経身体をリラックスさせ、休息させる「ブレーキ」の役割。発汗を抑制

多汗症における自律神経の異常

多汗症の多くは、精神的・物理的ストレスが加わると、必要以上に交感神経が優位になり、汗腺への刺激が過剰になります。これは、脳内の視床下部にある温熱性発汗中枢や、大脳辺縁系(情動に関わる部位)からの発汗指令が、脊髄を介して過剰に伝達されるためと考えられています。

特に、手のひらや足の裏の汗腺は、精神性発汗(ストレスや緊張による発汗)の影響を強く受けます。多汗症は、自律神経がコントロールする発汗の閾値が低く、わずかな刺激で大量発汗が引き起こされる「調節不全」の状態と理解できます。

西洋医学的治療法

西洋医学における多汗症の治療は、主に症状の緩和とQOLの改善を目的として、症状の重症度や発汗部位に応じて多様なアプローチが選択されます。

外用薬

塩化アルミニウム製剤:汗腺の導管を閉塞させることで、物理的に発汗を抑制します。特に軽度から中等度の脇の下や手足の多汗症に有効です。

抗コリン薬外用薬:汗腺に作用する神経伝達物質(アセチルコリン)の働きをブロックすることで発汗を抑えます。近年、保険適用となった製剤もあり、使いやすくなっています。

内服薬

抗コリン薬内服薬:全身の汗腺に作用し、発汗を抑制します。全身性多汗症や、外用薬で効果不十分な場合に使用されます。口渇、便秘、眠気などの全身性の副作用に注意が必要です。

精神安定剤:緊張や不安が多汗の誘因となっている場合に、精神的なリラックスを促す目的で補助的に用いられることがあります。

機器を用いた治療法

イオントフォレーシス:水道水に患部(主に手足)を浸し、微弱な電流を流すことで汗腺の機能を一時的に低下させる治療法です。手足の多汗症に広く用いられますが、効果維持のために継続的な実施が必要です。

ボツリヌス毒素注射:汗腺周囲の神経末端からのアセチルコリン放出を抑制する作用があり、非常に高い発汗抑制効果があります。特に脇の下の多汗症に有効で、効果は数ヶ月持続します。

マイクロ波:脇の下の汗腺を熱で破壊し、半永久的な効果を目指す治療法です。

外科的治療

胸腔鏡下交感神経遮断術(ETS):手術により、発汗を促す交感神経の一部を切断またはクリッピングする治療法です。手掌多汗症に対しては劇的な効果がありますが、その代償として、他の部位(主に体幹や足)の汗が増える代償性発汗という重篤な副作用が約50~90%の患者に生じるため、現在は重症例や他の治療法が無効な場合に限って慎重に適用されます。

東洋医学的観点

東洋医学では、多汗症は単なる皮膚の異常ではなく、身体全体のバランスの乱れの表れとして捉えられます。多汗の原因は「気」「血」「水」の巡りや、臓腑(特に心、脾、腎)の機能失調などと関連し、個々の体質や症状に合わせて治療を行います。

発汗の捉え方

汗は「心(しん)の液」と考えられ心の機能や、心を統制する「気」の力(衛気)と密接に関連しています。

衛気の不調:衛気は皮膚表面を巡り、外邪(寒さ、暑さなど)から身体を守り、汗腺の開閉を調節する働きがあります。この衛気の力が弱い(気虚)と、汗腺の締まりが悪くなり、安静時でも汗が漏れ出る(自汗)と考えられます。

陰虚:身体の潤い(陰液)が不足し、相対的に熱がこもる(虚熱)状態です。この熱が体液を蒸発させ、寝ている間にかく汗(盗汗)の原因となるとされます。更年期や疲労が蓄積した人に多く見られます。

湿熱:身体に余分な水分と熱が停滞した状態で、ベタベタした汗や、特定の部位に集中した多汗の原因となるとされます。

漢方薬によるアプローチ

東洋医学的診断(弁証論治)に基づき、体質や汗の種類に合わせて処方されます。

補気薬(例:黄耆建中湯、防已黄耆湯など):気虚による自汗に用いられ、衛気を補い、汗腺の開閉機能を強化します。

滋陰薬(例:当帰六黄湯など):陰虚による盗汗に用いられ、体内の潤いを補い、虚熱を鎮めます。

清熱利湿薬(例:五苓散、茵蔯蒿湯など):湿熱による多汗に用いられ、余分な湿と熱を取り除きます。

鎮静薬(例:柴胡加竜骨牡蛎湯など):ストレスや緊張による交感神経の過緊張が強い場合に、精神の安定を図る目的で用いられます。

鍼灸治療の目的・施術部位・効果

鍼灸治療は、多汗症を自律神経の不調和、特に交感神経の過緊張と、それによる臓腑機能の失調として捉え、全身のバランスを整えることを目的とします。

 治療の目的

鍼灸治療の最終的な目的は、発汗中枢の過剰な興奮を鎮静化させ、交感神経と副交感神経のバランスを正常に近づけることです。

自律神経の調整気の調節精神的緊張の緩和などを目的に全身の調整をし、自律神経や臓腑機能の働きをサポートします。

主な施術部位とツボ

施術部位は、多汗の部位だけでなく、全身の自律神経や臓腑の調整に有効なツボが選ばれます。

自律神経の調整・鎮静に内関、神門、百会などが有効です。発汗抑制・臓腑機能調整には合谷、太渓、復溜、足三里などが有効です。

局所へのアプローチ

多汗が顕著な部位の周辺のツボや、関連する脊椎に近い背部兪穴にもアプローチし、局所の神経支配を調整します。例えば、手掌多汗症であれば、胸椎の上部(T2~T4)にある交感神経節に対応する背部のツボなどに鍼を施します。

効果

鍼灸治療による多汗症への効果は、西洋医学的な即効性のある治療(ボトックス注射や手術など)と比較すると緩やかですが、身体の根本的な体質改善自律神経の安定化を目指すため、再発しにくい、持続的な効果が期待されます。主に、発汗量の減少精神的安定QOLの改善をサポートします。

鍼灸治療は、薬物療法による副作用を避けたい、または西洋医学的治療と並行して体質改善を図りたいと考える方にとって、有効な選択肢の一つと言えます。

Posted by 鍼 渋谷α鍼灸院 東京都 渋谷区 at 17:25 / 院長コラム

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